分子夾雑の生命化学

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研究詳細

A01班:分子夾雑の合成化学生体分子を機能解析する人工分子の創成

分子夾雑下での生命分子の直接修飾/機能解析を実現する有機化学

従来の有機化学では、標的物質や反応に関与する触媒以外の分子は不純物として排除された純粋な実験系での反応開発や機能評価が進められてきた。しかし、そのような精製試験管系で開発された手法のほとんどは、直接反応に関与しないか競合的に阻害する多種多様な分子が高濃度で含まれる生細胞や組織のような夾雑環境には適用できず、生体機能分子の精密な解析や制御を実現するイメージングプローブや生体機能制御分子の開発のためには、分子夾雑環境に適用可能な新たな有機化学の開拓が急務となっています。我々のグループでは、細胞や生物個体のように多種多様な物質が存在する環境下において、あるいは細胞内小器官のような区切られた微小空間において有効に機能する(有機)合成化学の開拓を中心に進めます。具体的には、細胞夾雑環境でタンパク質や核酸などをラベル化してイメージングできる分子プローブの開発や生体直交性を有するバイオオルソゴナル化学の拡張を行い、またA02班との連携による理論解析に基づいた設計指針を見出します。また、それらのプローブ分子をA03班での分子夾雑な生体組織の高精度・迅速分析へとつなげていきます。また、細胞内環境は一様に夾雑なわけではなく、細胞内オルガネラによる区画が独自の分子夾雑環境を生み出している。そこで、オルガネラ特有の生体分子の種類や量、その動的変化を定性、定量的に解析する事のできるプロテオミクス(リピドミクス)ツールやイメージングプローブの開発を行い、総括班CIBICとの連携によって細胞内夾雑オルガネラ環境の解析を進めます。

 

生体夾雑系におけるタンパク質不可逆阻害のための有機化学の開拓と創薬展開

タンパク質と反応し、その機能を不可逆に阻害するコバレントドラッグは、持続する強い薬効を持つ事から、抗がん剤を中心として近年さかんに研究が行われています。我々のグループでは、薬学の立場から、A02班から得られた解析データを活用し、生体夾雑環境において有効に機能するコバレントドラッグのための有機化学反応を開発して、抗がん剤を中心とした創薬研究へと応用する創薬化学研究を展開します。研究分担者である小野は、開発した抗がん剤のin vivo活性評価を担当し、標識特異性の解明については総括班CIBICの機器類を活用して研究を進めます。また、我々のグループでは、新たに見出したコバレントドラッグに適した反応基を持つ化合物のライブラリーを構築し、スクリーニングによりコバンレトドラッグのリード化合物を探索する研究も行います。これらの研究から得られる阻害剤分子は、創薬研究のみならず、細胞機能を解析するためのケミカルバイオロジー研究へも応用可能ですので、領域内での連携に基づいた、より基礎的な生命化学研究へのフィードバックを併せて進めていきたいと考えています。

 

植物機能の理解と制御を目指した分子夾雑の合成化学

植物は、周囲の環境変化を感じ取り、その情報を様々な植物ホルモンにより各所へ伝達します。植物体内は多様な分子が行き交う夾雑系であるにもかかわらず、こうした長距離情報伝達は正確に行われています。これを可能にしているのは、高精度かつ高感度で分子認識を行う受容体タンパク質です。本研究ではこの仕組みに着目し、植物ホルモン受容体に結合する機能性分子を創出することで植物機能の人工制御を目指します。

我々のグループは、植物ホルモン受容体の機能を可視化する分子プローブの開発におけるパイオニアであり、既に数種の分子プローブを保有しています。これに加え、浜地班との協力により新規分子プローブの開発を行います。こうした分子プローブを用いた迅速化合物スクリーニングにより、植物ホルモン受容体に結合する分子を探索します。このスクリーニングにおいて、成功の鍵を握るのは質・量ともに優れた化合物ライブラリーの調製です。我々のグループで開発したC-H結合直接変換による芳香環連結法は、生理活性分子に含まれる様々基本骨格を短工程で構築でき、合成例のない新規化合物群へのアクセスを可能にしました。本研究では、このような我々独自の分子を含む化合物ライブラリーを用いることで、新規な受容体制御分子を効率的に探し当てます。得られた制御分子は、総括班CIBICでの網羅的Mass解析とライブイメージングによる植物体内での動作解析を行います。得られた夾雑環境における分子の動作解析データは、A02班との連携による理論解析を行い新たな分子設計へとフィードバックすることで、さらに高機能な分子の開発へ繋げます。

 

A02班:分子夾雑の物理・計算化学細胞場の定量解析技術の創成

細胞夾雑模倣系の構築と細胞内活性分子設計指針の構築

これまで我々のグループでは、合成高分子を用いて細胞内の分子夾雑環境を模倣し、分子夾雑環境下における生体分子(特に核酸)の構造や安定性を解析してきました。さらに本研究では、細胞に実際に存在する生命分子群を用いて、細胞内の化学環境を再現した細胞模倣実験系を構築します。特に、標的の細胞内小器官ごとに適した細胞模倣実験系の構築を目指します。この実験系を用いて、近年、遺伝子発現に関与することが示唆されている核酸の非標準構造の安定性や多様性を検討することで、細胞周期や細胞の状態に依存して動的に変化する細胞内環境における核酸の物性を明らかにします。同時に、生命分子間相互作用や生命分子-低分子化合物間相互作用を定量的に評価します。得られるパラメータは、A02班の後藤グループのタンパク質に関する結果と比較し、その結果をA02班田中グループのシミュレーションへと提供されると共に、総括班CIBICでのイメージングプローブ分子やA03班の分析デバイスの合目的的設計指針とする。次に展開研究として、分子クラウディングをはじめとする細胞環境因子を用いた生体分子やセントラルドグマの合目的な制御に取り組みます。この制御に関する細胞内での評価には、A01班が開発するプローブを用います。このようにして、生体分子機能と細胞内環境因子の相関、「細胞の機能―環境定量相関(QFER: Quantitative Function – Environment Relationship)」を解明します。

 

細胞夾雑系における蛋白質の異常凝集の原理と制御

アミロイド線維は変性タンパク質の一次元的結晶です。我々のグループはアミロイド線維の形成が、溶解度や過飽和に依存した変性タンパク質の構造転移現象であることを提唱してきました。しかし、分子夾雑環境におけるタンパク質の過飽和現象の実体は不明です。そこで本研究では、まず他のタンパク質や凝集抑制剤が存在する模倣系での凝集分子機構を調べます。凝集には結晶性とガラス性の2つの状態が存在します。そこで、これらが夾雑環境でどのように変化するかを解析します。また、アミロイド性タンパク質を過剰発現する線虫モデル系を構築して、凝集の原理を探ると共にその制御を実際の生物内で達成します。
研究代表者は、熱測定、NMR、蛍光顕微鏡、超音波等を用いて、夾雑環境での凝集の分子機構に迫ります。他班から共住される合成高分子・低分子、あるいはさまざまな核酸を用いることにより、研究連携を図ります。研究分担者はアミロイド線維の構造と物性解析を分担します。連携研究者は、NMR解析、蛍光顕微鏡観察と線虫モデル系の構築で連携します。得られた知見は、総括班CIBICにおけるタンパク質プローブの分子設計に供されます。これらの知見は、細胞の機能―環境定量相関(QFER)解明の重要な知見となることが期待されます。

 

水を通して見る生体分子夾雑系の情報熱力学

我々のグループでは、主に計算機シミュレーションを用いて、生体分子(タンパク質、核酸)の構造安定性や熱力学・分子認識において周辺水分子が果たす役割などを明らかにしてきました。分子夾雑系は、生体分子とそれを取り巻く環境分子と水分子からなることから、特に水の静的・動的振舞いに着目することで、直接的・間接的に、系全体のダイナミクスや熱力学の本質的な部分を記述・観測・制御できます。本研究プロジェクトでは、これまでに開発・整備してきた、分子シミュレーション(MDMCFMO)法や液体論的手法(DFTRISMGIST)、さらに集団運動を記述する非平衡情報熱力学的アプローチ等を組み合わせて、水と夾雑分子に取り囲まれた生体高分子の構造変化ダイナミクスにおける水分子の役割を解明します。また、そのような分子レベルの変化が細胞全体の機能とどう関係するかを、情報伝達ネットワークやシステム科学の視点から解析します。そして、統括班CIBICをはじめとする本プロジェクトの実験グループと密接に連携しつつ、夾雑系における生体高分子の構造形成において水の関わる熱力学的諸量がどのように変化し、それが系全体の熱力学とダイナミクスをどのようにコントロールしているかを統計力学的・情報科学的見地から定量的に解明します。このようにして、計算物理・化学を実験科学と統合することで、細胞の機能―環境定量相関(QFER)の提唱につなげたいと思います。

 

A03班:分子夾雑の分析・応用化学細胞場の化学を取り入れたバイオデバイスの創成

がん病態環境の分子夾雑マッピングデバイスの開発

がんの患部周辺の組織は細胞自身の代謝産物や分泌物が周りに停滞し、周囲の細胞とのコミュニケーションが健全に行われない悪化した夾雑環境です。この夾雑環境は、がん増殖や転移に関係する血管新生やリンパ管新生を促進しており、夾雑環境におけるがん研究・がん診断は極めて重要です。本研究では、研究代表者が進めてきたナノバイオデバイス工学を基盤として、A01班と連携して夾雑環境における細胞周辺の代謝産物や細胞外小胞に対する分子認識ツールを開発するとともに、A02班と連携した細胞外夾雑環境の定量解析をAI(機械学習やディープラーニング)も駆使して実現するナノバイオ夾雑環境デバイスを開発します。本デバイス開発と総括班CIBICでのイメージング解析により、がん細胞を取り巻く病態環境を構成する夾雑物をマッピングし、CTC(circulating tumor cell)が細胞外マトリックスを動いて浸潤する過程や、がんの転移・治療における細胞外小胞を通じた細胞間コミュニケーションの過程を分子夾雑の化学で解析する手法を確立します。また、これらの手法により、人工細胞や合成生物学のための分子夾雑デバイスの開発、Organ on a Chipに代表される組織工学・再生医療デバイスの開発、機械学習・ディープラーニング等の人工知能を融合した分子夾雑デバイスの開発、がん等の分子標的薬開発に向けた新規創薬デバイスの開発、がん等の生活習慣病の治療デバイスの開発を推進します。

 

夾雑を制御するための細胞融合デバイス開発

細胞内夾雑環境をマイクロデバイスによって再現し制御することで、細胞内で起こっている夾雑環境が必要な反応を再構成し理解することを目的とします。細胞内夾雑環境は1000から2000種類の細胞質タンパク質を数百mg/mlと高濃度に含んでいることが知られています。このようなヘテロな細胞内夾雑環境は人工的に実現することはできません。そこで、体積が一定のマイクロチャンバーと細胞を融合することで、細胞内夾雑環境を制御できる細胞融合デバイスの開発を目指します。本デバイスは一定の体積をもったマイクロチャンバーと、その開口部を脂質二重膜で覆った構造を持っています。この脂質二重膜に対して細胞を融合することでチャンバー内に細胞質成分の全てを取り込ませることが出来るようになります。このとき細胞の大きさが分かっていれば、どの程度細胞質が希釈されたかが分かります。このため、これまで不可能であった細胞内夾雑環境をチャンバー内に再現しその影響を定量的に評価出来るようになります。すでに我々のグループは細胞融合デバイスと細胞の融合には成功しており、その中にDNAやタンパク質などを取り込ませることにも成功しています。今後はデバイス内の夾雑環境を定量的評価するためのタンパク質濃度計測法を開発する予定です。これらの技術によって、A01班やA02班と共同で様々な細胞内夾雑環境を再現し、DNAと転写因子の相互作用など、細胞内夾雑環境がないと起こりにくいような反応を対象にその違いを総括班CIBICで解析・評価します。夾雑環境を制御し、理解するための方法を提供することで、夾雑環境を積極的に利用した化学反応リアクターの開発を通して、二次代謝産物などの効率的な生産を行う創薬デバイスなどへの応用につながることを期待しています。

分子トレーシングを基盤としたがんと神経の細胞標的分子の創製

夾雑ながん細胞や神経細胞の中で起こる様々な分子どうしの相互作用を理解し、治療の標的となりうる分子のアキレス腱を明らかにします。細胞の核の中ではDNAが巻きつくタンパクであるヒストンの尾がメチル化されたり、アセチル化されたりするとDNAの反発作用が変化し、遺伝子から作られるタンパクが変わってきます。これをエピゲノム制御といいます。我々のグループは神経幹細胞から神経に成長する過程、あるいはがん幹細胞からがん細胞に変化する過程さらにはさらには悪性化する過程にはこのようなヒストンメチル化が大きく関係することを証明してきました。そして、これらをコントロールする新しい薬剤の開発をしています。本研究計画ではDNAから必要な遺伝子が作られるメカニズムのなかで、特に幹細胞らしさをコントロールするDNAに結合するタンパクを総括班CIBICと連携して解析します。このようなDNAは長い配列を持ち、それぞれタンパクとの結合力がダイナミックに変化していると予想しています。それをこの領域では定量したいと思っています。具体的にはヒストンやDNAの分子の相互作用、電子構造を定量的に理解し、がん幹細胞からがん組織への分化の過程、そして神経幹細胞から脳組織への分化さらにシナプス形成に至る過程でのヒストン構造変化に関わる分子のメカニズムを定量・数理化したいと考えています(A01と共同)。また、医療へ実用化するために細胞、組織、そして個体という一連の流れ(ドグマ)のなかで、分子夾雑を理解し分子の動きを明らかにします(A02と共同)。また、細胞や個体内で、分子1つの動きを可視化するため、「ナノデバイス」「高速Cメチル化ラベル法」を開発します。このことにより、医から理工へ、理工から医へシームレスなつながりから生まれる細胞環境の新しい概念の提唱を期待しています。

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